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ダイエット妨害者と闘い、普通という概念からの解放



ダイエットに関しては本当に散歩両論だ。

この間も、校長が痩せすぎだからもっと太ったほうがいいという意見をいただいた。
てか、毎回誰かと会うたびに言われる(笑)。


もっぱらダイエット反対派の意見を聞いてみると、第一に「不健康になる」というのが多く、ついで「老ける」、「性的魅力がなくなる」などなど様々。

そして最後に出す切り札が「厚生労働省の標準BMIに沿っていない」となる。


以前、安倍政権が国民幸福度を指数にするという意見があったが、いつの間にか消えてしまった。
てか、私から言わせれば当たり前だ。

幸せという形の無いものを指数という数値で測れるはずがない。

幸福感とは人それぞれで、誰かが標準値を決める事などできないし、やる必要もない。
だから校長は個人的にだが、ブータンの国民幸福度の調査もまったく意味のないものだと思っている。


おそらく当時のブータンは国民に国外の情報を知る術がさほどなく、知識が無いため現状に満足していただけだろう。
今はインターネットへ接続できるモバイル端末が普及し、国民は物欲に目覚めているらしいしね。


これに似たものとして厚生労働省の健康の標準値というものも同様に、あまり意味が無いようにも思っている。
例えばその代表例が標準BMI。


つきつめれば、健康とは何だろうかという話になる。

校長は、健康とは「身体だけでなく心も健全で自分がその状態を満足できている事」じゃないかと思っている。


例えば標準よりもぽっちゃりしている人がいたとして、本人も恋人もその人のその体型が好きで、満足していれば他人が口を挟む必要などないのだ。

長生きする事が幸せなのじゃなくて、充実した人生を生きる事が何より大切なのだから、自分が満足していない状態で生き続けても人生は楽しくない。



ダイエットを行うと体に悪いというが、その人がその体型を受け入れ満足していれば、心は充実し、まさに質の高い人生を生きる事ができると言える。



まぁでも厚生労働省の立場もわかるのだ。
そうした標準値を設けなければ、責任放置と言われてしまう。
故に仕方なく出しているのかもしれんしね。


で、校長が何を言いたいかというと、そうした標準値や指標に左右されることなく、自分の目指す体型をひたすら追い続ければいいという事。
他人になんと言われようと、自分が自己を受け入れられる状態を作り出す事が大切。


自分を受け入れ自分を好きになれれば、心が充実し、仮に政府の言う標準体型よりもはるかに太っていても、また痩せていたとしても、その人は輝け若々しく健康的でいられるはずなのだ。



校長は実年齢よりも若く見られる事が多い。
内臓も一応は健康だし、視力も落ちていないし、虫歯もない。

だえけれど標準よりもはるかに痩せている。
これが事実だと思う。


故に、ダイエットを目指していると、周囲から様々な妨害が入るはずだが(笑)それらに惑わされることなく、是非己の道を貫いてほしい。




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