寝ないと太る

寝ないと太りやすい理由とは?


今回は、睡眠の専門医から「寝ないと太る」というメッセージをいただきました。

皆さんは「寝ないと太る」ということをご存知でしょうか?
2008年5月12日発売の読売ウイークリー(5月25日号)に「睡眠時間5時間未満は肥満原因!? 不眠とメタボ「負の連鎖」」という記事が掲載されたのでご存知の方も多いかもしれませんが、寝ないと太ることは世界の常識です。

眠りと体重との関係をみると、適切な睡眠時間にあるときに、BMI(体重(kg)を身長(m)の2乗で除して得、日本では25以上、米国では30以上を肥満としているのでした)は最も低くなることがわかっています。
米国スタンフォード大学による1024人を対象にした調査結果では、睡眠時間が7-8時間のグループでのBMIが最も低くなっています。そして睡眠時間が7-8時間より減っても、増えてもBMIは高くなるのです。

つまり睡眠時間7-8時間以下の範囲で考えると、「寝ないと太る」とともに「寝るとやせる」とも言えるわけです。無論ひたすら寝ればひたすらやせるわけではなく、睡眠時間が7-8時間を越えるとBMIは上昇します。

また、3歳の時に寝る時間が11時以降だと9時前に寝た子にくらべて6年後1.5倍肥満になりやすい。
3歳の時に睡眠時間が9時間未満だと11時間以上寝た子にくらべて10年後中学1年になった時,1.6倍肥満になりやすい。こういったデータも富山県での追跡調査から明らかになってきています。寝ないと太ることは世界の常識なのです。

ところが日本では今あれほど声高に叫ばれているメタボリックシンドローム対策のなかにも「眠れ」と言う項目が入っていません。眠れ、と勧めずにメタボリックシンドローム対策を進めるとどうなるのでしょうか。食事に気をつけよう。運動も大切だ。でも時間がない。そうだ会社が終わってから運動ジムに行こう。このように考える方も多いでしょう。

しかし運動をすると、交感神経という昼間起きているときに盛んに活動し、夜寝ているときには休んでいてもらわないといけない神経が興奮します。夜寝る前に運動をしてこの交感神経の働きを活発にしてしまうと目がさえてしまいます。夜になるとふつうは交感神経に変わって、副交感神経の働きが高まって、血液は脳や筋肉にはあまり行き渡らず、消化管に回って、おなかが動いて、便が肛門のほうに押しやられるのに、です。夜の運動は、交感神経を興奮させて、眠りを妨げ、太ってしまう可能性があるのです。
一生懸命運動して、ジムは儲かっても、ダイエット効果は上がらず、医療費は減らない。こんな妙な歯車に載せられないように、運動は是非昼間にしていただきたいものです。

ではどうして「寝ないと太る」のでしょうか?
その理由についてはまだはっきりと解明かされているわけではありません。もちろんさまざまな仮説が現在言われてはいます。有力な仮説では、成長ホルモン、コルチコステロイド、レプチン、グレリンなどのホルモンが関係しているのではないか、と言われています。
たとえば成長ホルモンには脂肪を分解する働きがあるので、睡眠時間が減ると成長ホルモンの分泌が悪くなって脂肪が分解されずに太る、という仮説があります。
ただし睡眠不足になっても必ずしも成長ホルモンの分泌量は減るわけではありません。無論夜ふかしをしたからといって成長ホルモンの分泌が悪くなることもありません。
睡眠不足-①→成長ホルモン分泌低下-②→脂肪分解減少-③→肥満、というルートについては矢印①の正しさに疑問が残るのです。

副作用は「肥満」のホルモン「副腎皮質ステロイド、コルチコステロイド」
コルチコステロイドはさまざまな病気の治療薬としても使用されますが、副作用として肥満があることはよく知られています。このコルチコステロイドは朝たっぷりと出るのですが、午後から夕方にかけては分泌が減ります。ところが睡眠不足になると、コルチコステロイドの分泌は午後から夕方になっても減らなくなるのです。つまり睡眠不足では、コルチコステロイドの1日の分泌量は増えるようなのです。

そしてコルチコステロイドの副作用が肥満でした。
睡眠不足-①→コルチコステロイドの午後から夕方の分泌減少の低下-②→肥満、というルートが働いている可能性は十分あるのではないかと私は考えています。 

寝ないと太る、ことについての仮説の最後はレプチンとグレリンについてです。
レプチンという物質には食欲を抑える働きがあります。
グレリンには逆に食欲を高める働きがあります。そして睡眠時間が少なくなると、レプチンが減ってグレリンが増えます。
つまり睡眠不足-①→レプチン分泌低下、グレリン分泌増加-②→食欲増加-③→肥満、というルートが働いている可能性があります。
ところが睡眠時間が減り、レプチンが減ってグレリンが増えると、今度はオレキシンという目を覚まさせる働きとともに食欲を増す作用のあるホルモンを分泌させる神経細胞が興奮することもわかっています。
眠りを減らすと、レプチンが減り、グレリンが増え、オレキシンが増え、「起きて食べる」ことになります。

ここで食べ、オレキシンが減り、眠りに誘われ、眠ればよいのですが、ここでオレキシンが減って起きていろ、という命令は出なくなり、眠りやすい状態になったにもかかわらず、眠りを疎かにすると、さらに睡眠不足となりレプチンが減り、グレリンが増す、といういわば「肥満の連鎖」に陥ることになってしまうのです。
ただこの肥満の連鎖には安全弁が少なくとも二つは用意されています。
ひとつはグレリンが深い眠りをもたらすという安全弁で、もうひとつの安全弁はオレキシンが減ると覚醒の持続が難しくなる、つまりは眠くなるという安全弁です。
でもここでこれら安全弁に逆らって眠くなっても眠らない、つまりは眠りを疎かにすると「肥満の連鎖」に陥ってしまうわけです。